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特集

ああ粉ふき芋(3ページ目)

(2013年5月2日)

1ページ目2ページ目からの続きです。

大正6年の粉ふき芋

古い本の中から、粉ふき芋に関する記述を探している。次にご紹介するのは、大正6年に出されたその名も『レデース・ブック』[15]という本。

『レデース・ブツク』表紙

これが少々変わった本で、上段にレシピ等のお役立ち情報が載り、下段には「レデー」のための教訓めいた小話が載るという構成である[16]

『レデース・ブツク』より

ここに掲載されている粉ふき芋らしきレシピは「馬鈴薯の霜降煮」という名前で、少々アレンジされたものになっている。

馬鈴薯の霜降煮(附合)
材料
 馬鈴薯。塩。黒胡麻。
馬鈴薯の皮を剥き、適宜の大さに切つて三十分間程湯煮をなして後湯をしたみ捨て、塩をふりかけて落蓋をなし、灯の上にかざし、鍋を揺り動かしながら炒りつけます。
別に黒胡麻を水洗ひして布巾に包んで絞り、水気を去ったものを炒つて馬鈴薯の上から降りかけます[17]

「霜降煮」という名前からも分かるように、おそらくは粉吹き芋に黒胡麻を振りかけた料理のようである。粉ふき芋のアレンジが出始めていると考えていいかもしれない。

なおこの『レデース・ブック』、下段の話もなかなか味わい深いので、少々引用してみたい。

午から光子さんは裏庭伝ひに親しい仲の愛子さんのお部屋を驚かしました。
『アラ、よくいらしつてね。』
『何してゐらつしやいましたの。』
『今半襟の少し汚れた処を揮発油(きはつ)で拭いてゐましたの。』[18]

こんな具合に、当時の「レデー」の言葉遣い(というより、「レデー」に期待された言葉遣いというべきか)が垣間見られるのだ。そこに、家庭生活の教訓のようなものが入れ込まれており、今読んで想像してみると、なんとも面白い。

大正11年の粉ふき芋

続いては本でなく新聞から紹介しよう。大正11年11月24日付けの『朝日新聞』東京版(夕刊)にある「栄養料理献立表」の欄に、「ジヤガイモ粉吹煮」が掲載されていた。

『朝日新聞』より

載っていたのは夕食の項。作り方はこうだ。

▲ジヤガイモの粉吹煮 ジヤガイモは皮を適宜に切りザツト茹で、少量の水と砂糖及び醤油を加へ程よい味をつけ、十分軟かに煮て汁の煮つまりたる時、蓋をつよく押して鍋をゆすぶり、イモに十分粉な〔原文ママ〕が吹きたる時、器に盛りて供す[19]

これは、付け合わせというよりお菜のひとつとして出すような感じではないだろうか。砂糖と醤油で味付けられているので、和食のようにも思える。粉ふき芋がローカライズされてきたのだろうか。しかしここで初めて「粉吹」と名の付く料理を発見した。

『特撰家庭料理千五百種』表紙
見られると恥ずかしい

大正15年の粉ふき芋

大正時代の終わりに発行されたこちらの『新しい家庭向西洋料理』[20]では、やっと「粉ふき芋」の名前が登場する。

『新しい家庭向西洋料理』表紙

ここで紹介されているレシピは「桜肉油やき粉ふき芋」。「和洋折衷料理」の項、桜肉の付け合わせとして掲載されていた。

例によってレシピの一部を引用しておこう。

桜肉油やき粉(こな)ふき芋
〔中略〕
馬鈴薯の粉(こ)ふきは、お芋の皮をむき一個を四つ位の角になるやうに切り水から、ふつくりと軟くなるまで茹でゝ、茹湯を捨て、お火にかけ塩を少しふり入れ水気を蒸発させますと芋の表面に一面粉(こ)がふきます[21]

表題のルビは「こなふきいも」であったが、本文では「こふき」。読み方は一定していなかったのかもしれない。それにしても「お火」という丁寧語を初めて見た。そして、このレシピでは鍋を振る手順が書かれていない。

ともあれ、ここで初めて「粉ふき芋」という表記を確認。この頃には料理名として定着しはじめたのだろうか。

昭和9年の粉ふき芋

時代は昭和へ。料理の友社から発行された『特撰/家庭料理千五百種』[22]にも、粉ふき芋が登場する。「馬鈴薯料理」だけで百種紹介されているという、なかなかすごい本だ。

『特撰家庭料理千五百種』表紙

たくさんある中ではレシピの短い「馬鈴薯粉吹煮」。レシピも固まってきつつあるようだ。

馬鈴薯粉吹煮(ばれいしよこふきに)
 材 料{馬鈴薯、塩
 調理法=馬鈴薯の皮をむきコロ/\に切り、軟かに茹で、茹で湯をすてゝ再び火にかざし、塩をふり蓋をして鍋をゆすぶつて水気を立たゝせる〔原文ママ〕と、充分に粉が吹きます[23]

じゃがいもの大きさは明記されていないものの、「コロ/\に切り」というところから、教科書に載っていたようなものが想像できる。

『特撰家庭料理千五百種』より
隣の「梨もどき」も気になる

昭和15年の粉ふき芋

『一千万石目標/節米調理法』表紙

続いては、昭和15年に発表された『一千万石目標/節米調理法』[24]。「はしがき」はこんな文言で始まる。

 いよ/\節米を強化しなければならなくなりました。
 それには、どうしたらよいかを説いたのが本書です。
 戦争も大陸建設も、その原動力は食糧です。〔中略〕節米の励行はお互の今日の責務であることを自覚して、その実を挙げなければなりません[25]

これだけで、時代状況が感じられる。では、ここに載っている「粉吹馬鈴薯」のレシピを見てみよう。

材 料(五人前)
 馬鈴薯 一、五〇〇瓦〔グラム〕(中二十五ケ)
 食 塩 少々
調理法
 馬鈴薯はさつと水洗ひして皮を剥き、適宜の大きさに切り、鍋に湯を煮たて馬鈴薯を加へて火にかけ、馬鈴薯が少しくづれる位迄湯煮をなし、この茹汁を捨て薯のさめない中〔うち〕に手早く塩をふりかけ蓋をして鍋を上下に二三回ふつて粉を吹かせ適宜に器に盛り温かいうちに供します[26]

五人前でじゃがいも25個となれば、一人5個。結構な量だが、節米すなわち主食を置き換えるレシピであれば、納得せざるを得ない。

粉ふき芋弁当
こういうこと……(だろうか?)

さて、少々長くなったが、ここまで見てきたように、徐々に「粉ふき」の名称が使われるようになっていくことが判った。また、じゃがいもを切ってから茹でるレシピがほとんどになっていく。調理実習の粉ふき芋に近づいてきている気がする。

粉ふき芋弁当2

続いては、家庭科教科書に載った粉ふき芋を見ていきたい。次ページへどうぞ。

 

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作成:とね(info アットマーク yuzamashi.net)