湯ざまし

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2017年1月分(↓日付をクリックで移動)

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狂猫 (2017年1月2日)

節に乗せてご一緒に。

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あの馬鹿が 化けて出る

年老いた 恨み面

情けない 情けない

酒手を よこせ

苦しめよ 餓えろよ

互いに ののしりあい

泥水は 甘露味

狂い 奪い合え

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常のわだちを 踏み外し

軸のまがった 陸蒸気

のたうちまわりゃ 虎の子の

蕎麦の畑を 踏み荒らし

谷の底へと 落ちて行き

御骨拾いの 人もなし

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沼を見に行こうと ふと思い立ち

石切場いくつか 横目に見て

ガードレールにつく いくつもの傷

自動販売機で 買うコーヒー

高い草の中 それでもある

踏み跡をたどり 靴を汚し

疲れに来たのだと 言い訳のように

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クレイジー・キャッツを聞いている。サイコー

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夜、ほっつき歩いていたら近所で狸を見た。

あまり良い気分ではなかったので、ねめつけると車道をずいぶんな早さで駆けて渡ってどこかへ行った。

タヌキ汁 くさそうだ。

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忘年会帰りらしいが、数人の若者と一人のおじさんが楽しげにはしゃぎ歩いていた。若者もぞんざいな口をきいて、おじさんが妙に嬉しそうである。

おじさんはバスで帰ろうと主張。若者は「もう無いっすよ」。ふとおじさんの口をついて「バスを待つ間に 涙を拭くわ」。若者は聞いてもいない。

「バスを待つ間に 涙を拭くわ / 知ってる誰かに見られたら あなたが傷つく / 何を取り上げても 私が悪い / 過ちつぐなう その前に 別れが来たのね」

ああ、「バス・ストップ」。いじけた歌だ。今は流行らないだろうな。流行らないでほしい。

団塊の世代を間違って「だんこんのせだい」という人が意外にも多い。「男根の世代」でも、あながち間違いではない。

陽物と陰茎が同じ意味なのは何だか可笑しい。

 

よそさま (2017年1月4日)

覗くつもりではなかったが見上げた集合住宅の一室はカーテンが開いていて何枚もの賞状が飾ってあった。そればかりか墨痕あざやか半紙に「合格」の二字。

漫画のような日常を送る人がいるのだ。

いや、そんなことはないのだろう。何も漫画も種がなくて描かれた訳じゃなし、ああいう光景があればこそ、ちょいと誇張はしてあっても成立しているのだ。

「あら良いわねえ、パパママとお出かけ? 素敵なお洋服着せてもらって、おリボンおばちゃんに見せて、まあご免なさいね泣いちゃった、よしよし」(裕福そうな中年女性が見知らぬ身ぎれいな若夫婦に、駅で。)

なんて光景が本当にあるとは思わなかった。しかしあるのだ。

最近までそんな様子がきっと目に入っていなかったのだろう。いくらでも繰り広げられていたはずなのに。新しい普請の戸建てにはローマ字の表札と磨かれたゴルフ。見上げると二階の部屋には地球儀がある。

ただただ不思議なのだけれども、もうわかんないや。何か僕は大きな勘違いをしている気がする。「よそさま」について。

 

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作成:とね(info アットマーク yuzamashi.net)