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2015年7月分(↓日付をクリックで移動)

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歌 (2015年7月7日)

長い校歌を聞いていた。秋田県は大仙市・大曲中学の校歌「よく生きよ」である。ページを見ていただければわかるのだが、なんとも長い。長いな、と思って音源を聞いてみた(ここをクリックすると音が出ます)。

驚いた。セリフがあるのだ。ぜひ聞いていただきたい。9分44秒もあるが。

合唱コンクールのようで、およそ校歌とは思えない。いちおう七五調の箇所もあるのだが(おもののかわべ はるみちて…)、こんなに途中で曲調が変わるのか。

男子生徒の変声直後の不安定な声も聴きどころだ。この感覚はその時期にしか味わえないだろう。(なお、掲載されている歌詞がところどころ間違っているのが惜しい。)

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ところで、校歌や市区町村歌など、オフィシャルな歌を聞くのが好きである。有名な作詞家や作曲家の手になるものも多い。

古いの(戦前)は歌詞が聞き取りやすく、意外とリズミカルなものもあり、短いのが特徴である。そしてたいてい文語で、七五調である。やはり七五調はよくまとまる。言葉はまあ、難しいのが多いだろうか。

戦後のもの、これはさまざまである。一時期までは「自由」や「民主」がキーワードだろうか。以前は「平和」や「自治」もそうだと思っていたのだが、実はそうでもなく、戦前のものでもけっこう見つかる。たとえば、那覇市歌は昭和4(1929)年ころに作られたそうだが、「理想の自治に進まなん」とある。

昭和30年代ころまでのひとつのトレンドは「大(だい)」ではないかと思う。「大新宿区の歌」は昭和24(1949)年の制定である。「自治」「民主」「平和」「自由」「文化」…。「民主」を除けば戦前の歌詞にも出てくる語ではあるのだが、ここまで押してくると「戦後すぐ」らしさを感じる。

しかし「大新宿区」だけ聞くとどうしても「大日本」を思い浮かべてしまうのだ。他の自治体でいうと、

などがある。なお、四日市市歌のページで音源を聞くと、2番が流れない。「工場(こうば)の煙 たえ間なき 産業都市の 栄を見よや」がまずい感じである。当時はまだ、四日市ぜんそくをはじめとする産業の暗部よりも成長が優先されたのだろう。

産業都市、工業や科学の発展というイメージは、戦前から高度成長期にかけて多発する。前出の小松などもその例である。いま市歌について問題とされている部分らしい。

栃木県・足利市歌は平成23(2011)年に新しくなっているが、ページの下部には古い市歌も掲載されている(稀有な例だと思う)。昭和10(1935)年制定の歌で、一番の「科学の精粋 時代の思潮」はご当地の軽工業発展をうかがわせるが、重要なのは二番である。少し長いが引用すると、「守りて聳(そばだ)つ 両崖山(りょうがいさん)や/抱きて流るる 渡良瀬川や/自然の恵の 集まるところ煤煙み空を おほひはすれど/曇らぬ心に 親しみ交し/共存共栄 忘れじわれら/足利 足利 わが足利市」とある。足尾銅山鉱毒事件が影響していると考えるのだが、いかがだろうか。「後世に伝える」としてわざわざページに残しているのが理解できる。

小学校の社会科レベルで推察できるので楽しい。音源も無料で聞ける。

話は少し戻るが、昭和26(1951)年の文京区歌にも「自由民主」が出てくる。佐藤春夫作詞、弘田龍太郎作曲、と豪華である。東京の区は有名人を使う傾向にある気がする。なにしろ、この歌はけっこう聞きやすい。

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さて、ある時期から、「市歌」だけでなく、そのほかの市民歌やイメージソングなどが出てくるようになる。歌そのものも、自治体が条例として制定していたり、していなかったり、いろいろだ。

新潟市は市歌と同時に市民歌を作っている(上が市歌、下が市民歌)。昭和44(1969)年に制定されたものだが、これがなかなか物寂しく、いいのだ。童謡タイプで「日本昔ばなし」がなんとなく思い出されてしまった。哀愁という新しい形態が出てきているのではないかと思う。タイトルも「砂浜で」である。

童謡タイプとしては、雰囲気はまったく違うが、宮城県・東松島市のイメージソング「このまち大好き」もある。ページの下のほうにあるので探しづらいが、平成22(2010)年にできた新しい歌である。歌詞が掲載されていないのが惜しいが、一番の(若者が集まって愛が生まれる)や、三番の(おじいちゃんおばあちゃんも若い)などは、けっこう露骨に地元の欲望が表出されていると思う。少子高齢化、医療費の増大などが想起される…、なんて、明るい曲に対して暗い感情を抱いてしまった。

イメージソングとして有名なのは、神奈川県・川崎市の「好きです かわさき 愛のまち」であろう。地元の方には、ごみ収集車が流す歌として定着しているそうだ。「愛」とともに、若々しさと希望のあらわれが素直な気がする。昭和59(1984)年発表。なお、歌手の芹洋子さんのお名前は、かなり多くの自治体歌で目にする。

若者といえば、渋谷区を忘れてはいけない。「区の歌」として昭和53(1978)年に制定された「渋谷・愛の街」をまずは聞いていただきたい。ああ、歌謡曲。当時はやりの曲調なのだが、しっかり区として「制定」しているところが素晴らしい。作曲は都倉俊一氏(「あずさ2号」「ペッパー警部」など)。

同じページの下部には「渋谷音頭」も掲載されている(自治体音頭というのも面白い現象だと思う)。「ラブラブ渋谷」なんて若々しくて能天気な感じがしてしまうのだが、歌詞を見るとそうでもない。原宿通りを歩くのは「ちょいと私も 若づくり」をする世代の人だし、三番ではスクールバスの娘が出てくるかと思えば「誰の見舞か 日赤の/窓にゆれてる 紅いバラ」なんて、ドキっとする歌詞が出てくる。五番が流れないのは「国鉄」がもうないからでしょうかね。

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そして近年の自治体歌である。私は、出身地の三重県・津市(合併で大きくなった)の市民歌を聞いて、びっくりした。

「津市民歌 このまちが好きさ」は平成21(2009)年制定である。なんだかたくさん音源があるが、オリジナル(男性)を聞いていただくのがいいかと思う(少し音が大きいので注意されたい)

最初は(えらいポップやな)と押されていたのだが、二度目に歌詞を見ながら聞いてやっと気づいた。肝心の自治体名が入っていないのだ。「世界一短い名前」とあるほかは「このまち」としか言っていないのである。斬新だ。(京都府・舞鶴市も「まち」と歌っているが、「舞鶴」の読みとしてである。)

なお、そのほかにも変な点はある。いきなり「商店街のアーケード」とくるのが解せない。いや、商店街活性化というのはわかるが、わざわざ「アーケード」とは…。しかし、津に住んだことのある方ならお分かりになると思う。これは、「津音頭」がベースになっている気がする。「津音頭」の歌詞はインターネットにもあまり掲載されていないのだが、「ハア、傘はいらないアーケード街に ヨイトサ、ヨイトサ」という部分があるのだ。「音頭」のほうは昭和30年代の作だと思うので、特段ふしぎではない。ただ、まったく新しくはできなかったのだな、と思った。

ちなみに「アーケード」が出てくる市歌がないわけではない。昭和30(1955)年に制定された静岡県・沼津市歌には出てくる。当時は繁栄の象徴だったのだろう。

あと、空港連絡船を歌詞に入れているが、廃止されたらどうするのかという問題もある。あまり儲かっていないそうだし。

ポピュラーソングが使われるという点では、熊本市も面白い。市歌は昭和5年制定と古いのだが、愛唱歌の「ときめいて くまもと」はJポップ風である。90年代っぽいのだが、できたのは2010年だそうだ。作曲はアニメやドラマの歌を多く手掛けている方らしい。

さて、津市民歌は近年のトレンドに乗っている気がする。それは、「自治体を離れた人の視点」ではないかと思う。

たとえば、新しい自治体である山梨県・北杜市の「市民の歌」は平成20(2008)年発表。「離れたとたん 恋しくなる」や「都会にでると 吸えないけど」というのは、明らかに離れた人を意識している。また、長野県・松本市の「松本のうた」もそのようなにおいがする。

従来どおりなのは静岡市の「わたしの街 静岡」であろう。合併で大きくなった静岡市だが、これは主に住民の視点である。「胸に溢れるほど 力満ちてきて」あたりはまさに小椋佳メロディー。静岡市は栄えていて流出は問題にならないのかもしれない。

若い人が離れていくような自治体の歌は、もはや住民だけを対象としたものではなくなってきているのではないか。

…なんて考えていると、京都府・向日市のように音源が市制施行前の「向日」のままという雑な自治体もある(歌詞と楽譜は書き換えてある)。再録もお金がかかるでしょうしね。

最近つくられた自治体歌では、台東区の「たいとう音頭」あたりがバランス良い気がするのだが、どうだろうか。「タンタン タントキテ 台東区」は耳に残るし、特徴を歌いこむことに成功している。まあ、台東区だからということもあるが。

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長くなってしまったうえに何の根拠もないことばかり書いて申し訳ない。しかし、がぜん興味が出てきた。データベースを作りたいが、大変だろうなあ。

…そのうち、音源がサイトに掲載されていない自治体に「CDかテープを頒布していただけませんか?」なんて電話していたりして。

タンタンシキ (2015年7月13日)

土曜日のメモから。

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朝ふと御殿場線に乗りに行こうと思い立つ。乗ったことがなかったのだ。10時ころに出るが電話につかまる。

小田急で藤沢に出て東海道線に乗り換える。茅ヶ崎を過ぎたあたりで人が減ってきた。タタンタタンという音が心地いい。小田急はほとんどこの音がしない。百閒先生は怒るかもしれない。

国府津の駅で降りる。昼食を摂ろうと思ったが何もない。駅前のニューデイズの横で若い女性が一人座り込んでカップうどんを食べている。あとでその場を通ると食べ残しと煙草の吸い殻が一本落ちていた。こういうのを見に来たのだと思う。

切符を買って13時過ぎの御殿場線に乗る。二両。3ドアの車に久々に乗ったのでロングシートが長い。新しい車で銀色だが頭が丸っこくて白いのでJR東海という感じがする。

外国人の姿が多い。高校生がほたえている。複線だった時代の名残がたまに見える。

山の中である。東名の高架と並走する。車で何度も通った高い赤い橋を見上げる。やはり高い。通るたびに谷が見えてちょっと怖いなと思うところだ。丹那隧道ができるまではここが東海道線だったのかと思う。神戸へ向かう汽車が走っていたとはどうも想像できない。

御殿場で沢山の人と一緒に降りる。登山客が多いことに今さら気づいた。外国人もみなバックパックを背負ってバスに向かう。駅前には蒸機が飾ってある。金の部品がピカピカして妙な感じだ。気温計は29度を指している。暑い。

街を歩いてみる。車社会である。少し裏に入ると赤い錆が目立ったが都心がおかしいだけでこれが普通だ。今夜は祭があるようで大きな神社の前では屋台の準備をしている。ジェネの音がして暑さが際立つ。

喫茶店に入ると若いセーラーさんと入れ違いになった。帽子のつば以外は全身白づくめでニキビが目立った。自衛隊が近いんだったと思うがこの辺りは陸自だろうからどうも不思議だ。お連れさんは年配の女性二人で喪服のような黒づくめ。中学生がカッターを着るように自衛官は法事の時に制服を着るのだろうか。

御殿場の駅に戻ると沼津へ行く電車がもう入線していた。今度は三両ある。雷がドンといった。ガスが掛って富士はほとんど見えない。けだるそうな女性車掌のアナウンス。「ドアは自動で開きません。ボタンを押してお降りください。」

裾野の駅を過ぎて少しウトウトしていると沼津に着いてしまった。タウンワークと一緒に「DOMO」がたくさん積んであって何だか嬉しい。手ごろな銭湯がないかと思ったが駅の周りにはない様だ。ネットカフェに入ってまた少し寝る。中年男とギャルが楽しそうに卓球をしていた。

帰りは普通列車のグリーンをおごってみる。沼津始発で宇都宮行きというので驚いた。沼津から乗るのではICカードのグリーン券は使えない。しかしどうにも慣れなくて肩身が狭い。裕福そうな中年のグループが弁当のわさび漬けをアテにビールを飲み始めた。ポカリスエットを飲む。

夜だから景色はあまり見えない。隧道の壁が近い。このアールは隧道の断面に合わせてあるのだと今さら気づく。でんと座っていればいいのだが引け目を感じて肩が凝ったまま川崎に着いた。

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ここまで読点なしで書いてみました。何だこの日記みたいな文章は。鉄道ファンではないので間違いはあると思う。(毎日コメをぱくついているからといってジャポニカ米ファンということにはならないだろう。)

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最近すこしばかり(Wikipediaを何度か読む程度に)気になっていること。

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牛丼のすき家に行ったら「コーヒーのサービスを行っておりますが、いかがですか」と言われた。牛丼と一緒にマグカップが出てきた。コーヒーは濃い麦茶のような味で美味しくはない。

客一人だった店内に三十代後半くらいの男性三人組が入ってきた。一人が「うな牛」を頼んだだけで他の二人はのけぞるほど笑いこけている。こういうことが出来ないところが僕のだめなところだと思う。駐車場に戻るとマルーン色で水戸ナンバーのかわいい軽が停まっていた。

あざとく (2015年7月21日)

YouTube で藤山一郎スペシャル(一時間くらいある)を見てむせび泣いた。涙を流して泣いたのは数年ぶりだと思う。スペシャルといっても人生の紹介などは殆どない。歌、歌、歌である。数日間熱を出していたのがやっとひいた、そんなときに聴くものではない。ああ、あの広い額。

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あざとく生きたいと思う。別に僕は正直者ではないけれども、かえって、本当に、きちんとあざとい人は正直者という評価を得ることができるだろう。

なるたけあざとく、もてる方法を考えてみる。ヘテロの女性だったら、たとえばこんなのはどうだろう。

たばこの紙

たばこをのまない方にはわかりづらいだろうが、写真のようにボックスだと最初に外す紙がついている(写真だと白だが大概は銀色だ)。これをわざと外さないでいてみるのだ。

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いい男の隣に陣取る。

ほんの少し苛立たしげにボックスを取り出す。

紙を外していないから、上から、すこしわざと煩わしげに一本取り出して咥える。(20本入っていてはいけない)

マッチやライターが見当たらないふりをして火を借りる。

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おお、あざといぞ。「紙を外せ」という指示は当然パッケージに書かれていないから、調べるか教わるかしないと「外す」という行為はなかなか取りづらいものだ。そして多くの人はいつか外す。そこをあえて外していないことによって、初心者か、または友達が少ないこと、たばこを吸うようになってから恋人がいないことなどを暗に示せる。

男には「教えたがり」が多い。「紙、取らないんですか」などと言ってくるだろう。そこで一度「?」と首をかしげる。ボックスを渡して外してもらう。そこで少し恥ずかしげに「知りませんでした、出しづらいなと思ってたんですよ」と言ってみよう。「わー恥ずかしい」と言ってしまってもいい。

そのあとは話に花が咲くだろう。火種を持っていない(ことになっている)わけだから、男の吸っているたばこから直接火をもらってもいい。

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パソコンで「TOURI」とタイプして「『通り』って漢字が出ないんですよ、パソコンっておバカですよね」と言うのと同じである。過度な自虐は好まれないが、いいか悪いかは別として、こういうのは好まれがちだ。

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オットピンが高い。

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ボイス・トレーニングに通おうかと思う。半年したらダークダックスみたいな声になっているかもしれない。

ダークダックス「僕はダンプの運転手」…口で「ふぁふぁー」と言っているのがかわいらしい。

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検査技師さんとみれば「やっぱり味噌で練習したんですか?」などと聞いてみたくなるものだが、それも芸がないので、「『味噌で練習したんですか』なんて何百回も聞かれているでしょう」と一歩進めてみるのがいいかもしれない。

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土砂を手前側にしゃくるのが「ユンボ」(バックホウ)であり、バックホウでないショベルは向こう側にすくう。アシカとアザラシの違いのようなものである。

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作成:とね(info アットマーク yuzamashi.net)